第208章 歯車
「辛い立場なのは分かるよ。――――だから……目を見て言ってくれ!!『信じていい』って。」
私とナナに、信じさせてくれと言葉をかけたのは……いっぱしの商人の顔をしたフレーゲルだ。
信じていいって、言いたかった。
けれど情報を全て開示など到底できなくて……、それは、国民の暴動などが起こってしまえば、その鎮圧に力を割いている余裕などないからだ。
――――昔腹立たしいと思っていた、情報を管理して国民の動きを封じる……それを行う側に今自分はどっぷりはまっていて……拷問の末にサネスが涙ながらに零した『――――頑張れよ、ハンジ。』その言葉が……どうにも苦々しく刺々しく、私の心を乱した。
「――――すべてはエルディア国みんなのためだ。」
なんとか取り繕い、はぐらかすような言葉を残して私は兵団支部に足を踏み入れた。すると、逃げるように民衆に背を向けた私の後ろで、どん、と音がした。
振り向けばナナが、凛と背筋を伸ばし、媚びるでもなく頭を下げるでもなく、民衆みんなに向かって心臓を捧げる敬礼をしている。
新聞記者たちもその一瞬……その兵士の誇り高さに目を奪われていたようだった。
隠していることもある。
偽っていることもある。
けれどその根本はこの島のみんなを守るためであって、そこには何一つ偽りはない。
――――それをナナは、言葉にせず、敬礼で示した。ただそれだけでも……意志は通じるのだと、そう思った。
「――――まったく有り難いな、うちの補佐官は。」
張り詰めていた神経がふっとゆるむ。
私がナナを見つめていると、敬礼を終えて民衆に美しく一礼を残し、ナナが私の後を追ってくる。
――――うん、大丈夫だ。
一人じゃない。
そう思うと、これまでの重責に心臓が潰されそうになっていた私の胸や肺が大きく開いて――――、
大きく息を吸い込むことができた。