第199章 愛日
ナナは小さく断ってから、俺の肩に額をとん、と預けて俯いた。
散々煽って、脅しにも近い言葉を投げてきたフロックに相対して――――気を張って精一杯の覚悟と意地で自分をなんとか律していたのが、解けて……ナナが僅かに弱さを見せる。ナナが娘を置いて来て、何も感じないはずがない。気が気じゃないだろう。今すぐ駆けて行って、抱きしめたいんだろう。
――――けれどお前がここで……俺達の行末を……壁内人類の未来を見届けると決めたのなら、俺はずっと側にいてやる。
甘えることが下手くそなナナが見せた小さな甘えを、受け止めるように髪に指を通して撫でた。
「――――聞かないでいてくれて、ありがとう。リヴァイさん。」
「……………。」
「――――信じてくれて、ありがとう……。」
ナナが僅かに、俺の肩に預けた頭を左右にぐりぐり、とゆする。
――――この仕草も、変わらねぇな。
嬉しい、好きだと……どうしようもない感情を抱くと見せる仕草だ。
お前のそんな些細な仕草も、短くなった髪も、目に涙を浮かべながらも強がり耐えるその姿も、僅かに震える声も全部……
いつだってこんなに、愛おしい。
「――――礼は言葉じゃなく、これで寄越せ。」
梳いていたナナの髪を指に絡めて後頭部を後ろに引く。
は……、と一瞬悩ましい吐息を吐いて、ナナは口付けに応じた。
――――作戦の決行まで、もう間もない。
それは即ち、戦争の開始を意味する。
絶望を色濃く宿した人々の悲鳴と――――……火薬と血と瓦礫の粉塵の匂いが充満するのであろうその時を前に……こんなにも俺を揺さぶる存在がまた側に在ってしまうことに、不安も否めない。
ナナを利用しようとするのはフロックだけじゃない。
イェレナ……いや、その先にいる獣のクソ野郎に……手を出される前に必ず俺は……あいつを殺す。
エルヴィンに誓ったそれを成せば――――……
壁内人類の、世界の平穏を取り戻せば――――……
今度こそなんの不安もなく、
ただただ甘ったるく安らかにこの腕にお前を抱けると
――――――――そう信じて。