第175章 思惟
予定通り、アントヴォルの街を出立したその日の夕方にはトロスト区の調査兵団支部兵舎に帰着した。
一刻も早く遅れた分の団長補佐の仕事を取り戻さねば、とハンジさんの部屋を尋ねると、ハンジさんは机に向かっていた。
その机には大量の資料が置かれている。これから民衆に向けて壁内の民衆にエルディア国、ユミルの民の事実を公開すための原稿や、これまでの情報を総合して、壁外からの干渉の可能性や今後の調査兵団の取るべき行動の構想を書きなぐったものなども、散乱している。
とても集中していたのであろうにも関わらず、私が部屋に入ると必ずハンジさんは私の方に顔を向けてくれる。
「ああナナ。お帰り。」
「ハンジ団長、ただいま帰りました。遅くなり、申し訳ありません。」
「いや、大雨で大変だったね。橋が一部決壊していたって情報が入ってきてたよ。」
「はい………。」
なんとなくハンジさんの目を、見られない。
リヴァイさんとのことを、知られるのが怖いと思う卑怯な自分がいる。あんなにエルヴィンに愛されていながら、もうリヴァイに揺らぐのかと呆れられてしまうのが、怖い。それに――――……エルヴィンを過去にしてしまうことも怖くて、自分で決めた道のはずなのに、まだまだ心は不安定なままだ。
でもこんな事態の時に、そんなことで余計な心配をかけるわけにはいかない。
「――――ナナ?」
「あ、はい。何か私がすべきことがあればすぐに。」
「いや、何か不安なことでもあるのかい?――――顔色は悪くないように見えるけど。」
――――お見通しだ、やっぱり。
ハンジさんが机に向かったままではあるけれど、心配そうに私の顔を覗き込む仕草を見せた。