第160章 虚無
必要以上に酸素を取り込まずに済んだおかげか、肩で息をするように激しく身体を揺らしていたナナが、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻してきた。
宙を彷徨っていた手も、そこには何もないんだと、エルヴィンはもう……どんなに手を伸ばしても、戻って来ないんだと理解したように、ぱたりと音を立てて投げ出された。
「――――お前がもういいと言うまで、抱いてる。泣いても、眠ってもいい。とにかく今は――――心を休めろ。」
「…………。」
ナナはひっくひっくと小さくしゃくりあげながら、こくん、と小さく頷いて、抱き締める俺の胸に両手を置いてシャツをぎゅっと握り締め、顔を埋めた。
小さく身体を丸めて、自分の殻に閉じこもるような仕草は――――昔から変わらない。
自分を守れるのは自分しかいないと思って身につけた術なのだろう。
俺たちはベッドに横たわったまま、お互いの鼓動と体温に縋るように抱き合った。
――――決してエルヴィンに罪悪感がまったくないわけじゃない。だが、こうやってエルヴィンを失ったナナが自我を崩壊させそうなほど泣き叫ぶさまを俺に見せたのは―――――、あいつの意図なんじゃねえかとも思う。
――――見ろ、ナナの心まで完全に奪った俺の勝ちだな?とでも言いそうだ、あいつは。
それにここしばらくは俺を癒すためにナナが俺を抱いていたから――――俺が抱く構図は随分久しぶりで――――……白銀の髪から太陽の匂いがする。
それすら、懐かしく愛おしい。
――――こんなにも弱ったナナにつけこんでやろうと考える俺は――――……やはりどうかしてるのか。
そんなクソみてぇなどす黒い欲をなんとか封じる。
今はただお前がこのまま悲しみと苦しみの闇に迷わないように――――――――――
お前が望む限り、側にいる。