第136章 進達
――――驚いた、顔をしていた。
護送用の馬車の扉をナイル師団長が開けてくれて――――、きっと、一言外を見ろと、言ってくれたのだろう。
エルヴィンはすぐに私に目をやって―――――こんなに泥だらけの顔で、少年のような恰好をしているのに、すぐにその目を細めた。
――――愛しい君が、なぜここにいるんだ。
とでも、言いたそうに。
恋い焦がれた彼の姿をこの目に焼き付けようと見つめ続けたその時間は、ほんの刹那で―――――、涙を零す暇もなくて、少しホッとした。
その扉が閉められて、ナイル師団長が私のほうをチラリと見た。私は大きく頭を下げて、その場を走り去った。
その日、日が落ちかけた頃に私はオーウェンズ病院の扉を叩いた。もう診療を終えて、片付けをしていたところだったのだろう。中から人影が見えて扉が開いた。
「患者さんですか?ごめんなさい、今日の診療はもう終わってしまって……急患なら――――……。」
サラリとした赤茶色の髪を後ろで結って、随分大人になった彼女を見て、なんだかとても嬉しい気持ちになった。
「……久しぶり、エミリー。」
「……えっ?!ナナさん……?!」
「……急患じゃないけど、私今お尋ね者だから……中に入れてくれると、嬉しい。」
「も、もちろんです!!」
エミリーは慌てて私を病院の中へと引きこんだ。
久しぶりに来たこの病院は、幼い頃おじいさまとおばあさまに連れられて来た。古びていて、とても最新医療機器などもなく、でもどこか温かく――――貧富を問わずに、色んな患者さんが訪れる場所。
母が運営を始めてから、室内には緑が増えた。
患者さんの心も少しでも癒したいと、緑あふれる診療所になっている。
その奥に、白衣を来た母の姿が見えた。