第135章 伝心
――――何を、意味深なことを言う。
今更武器など――――……民衆に、顔を……?混乱を避けるために、そんなことはわざわざさせないのが普通だ。
―――――まさか。
顔を上げて光が眩しい外に目をやると――――
少年?
……いや違う。
たとえ君がどんな格好をしていたとしても、見間違うわけがない。
その大きな瞳に涙を溜めて、まるでこの世界に俺しかいないのかと思うほど、ただ一点を――――こちらを見つめている。
帽子に隠しきれなかった一房の白銀の髪が風に揺れて――――太陽光をキラキラと弾く。
「――――ナナ………!」
体は?大丈夫なのか?なぜここにいる?
色んな事を問いたくてたまらない。
――――叶うなら今すぐ飛び出して――――、この場で討たれようとも、君を抱き締めたい。
「――――変な真似は、するなよ。もう少しで終わる。」
ナイルの声に、全てを理解する。
俺に会いに来たナナを放っておけなくて、お前が手を貸してくれたのか。
つくづく損な役回りを引き受ける男だ。
ナナは、この距離で何を言っても聞こえるはずがないと思ったのだろう。
ただその唇を噛みしめて涙を堪えながら―――――
笑った。
離れていた時間なんて、たった数週間だ。
それなのに、とてつもなく長い時間離れていたように思う。
そして―――――たったその数秒の逢瀬は、不思議と時が止まったように感じた。
風の音も、辺りの民衆の野次も、往来の馬車を引く音も。
なにもかもが音を失って、君の唇が小さく動いて紡いだ言葉が、聞こえた。
“エルヴィン”
“私は大丈夫”
“帰ってくるのを待ってる、どうか無事で”
“―――――愛してる”
これだけの物理的距離を越えて、聞こえるはずがない。
――――それでもはっきり聞こえるんだ。
いつだって―――――
君の、俺を呼ぶ声だけは。