第105章 危局②
けたたましく響く、避難を指示する甲高い鐘の音。
駐屯兵団の兵士たちが、人々を奥の門へと逃がすために誘導する。響き渡る阿鼻叫喚の悲鳴と、いくつもの地を鳴らすような足音。
巨人が、区内に入って来たんだ。
すでにもう地獄と呼ぶに相応しい有様だ。
目の前には、飛んできた壁の破片で破壊された家屋の下敷きになっている人々。
親を失って泣く子供。
辛うじて壁にアンカーは打ったものの、破片の残骸が当たったのか、大量の血を流しながら壁にぶら下がる訓練兵と、爆風で吹き飛ばされて壁にその頭を強打したのだろう、顔の判別もつかない状態の訓練兵。
ただエレンではないことだけはわかって、不謹慎にも安堵する。
負傷している兵士、逃げ惑う人々の後ろから――――巨人が捕食対象を追う。
なにから、なにを、どうすればいい。
常に最善を尽くせ。
考えろ。
後悔するな。
調査兵団で学んできただろう。
私は今、何をするべきなのか。
「――――退路を確保せずに目の前のことに囚われてはいけない……。」
私はもうぴくりとも動かない訓練兵の身体に近づき、小さく冥福を祈った。
「―――悔しいと思うけど、まだ自分の死すら信じられないと思うけど、あなたの意志は継ぐから―――――、お願い、あなたの相棒を私に貸して。」
目を背けたくなるほどの遺体から、立体機動装置を外す。
私が駐屯兵団に“守られる”立場として足を引っ張るわけにはいかない。巨人の足音が徐々に大きくなる中、焦りと恐怖で震える手をなんとか押さえつけて立体機動装置を装着する。
10m級の巨人が私を認識し、走り出したところで間一髪、アンカーを射出して壁を上った。
壁上から、目視する限りの情報をメモに走り書いていく。