第82章 深愛 ※
身体も随分動かせるようになってきたから、少しでも何か役に立ちたい。
執務をこなすのに、やはりなんといっても声が出せないことが不便だ。声が出ないというよりも、声の出し方だけをぽっかりと忘れてしまったような感覚で、声の出し方がわからない。失声症を患っている患者さんも診て来たけれど―――――、まさか自分がなるなんて、思ってもいなかった。
「ナナ、実家に帰る日が遅れてしまうことは連絡しているのか?」
エルヴィン団長の問に小さく首を振った。
「手紙を書くか?うまく書けそうにないなら代筆するが。」
また首を横に振って、自分を指さす。
「わかった。私も郵便物をいくつか持っているから、一緒に出せる。書けたら持っておいで。」
基本的にはまだベッドで安静にしているよう先生から言われたのだけど、日がな一日本を読んでいるだけの生活は苦しくて、時折団長室をうろうろしては、右手だけでもできることを探しまわっている。
「――――ふふ、退屈そうだな。」
うろうろする私に、エルヴィン団長が少し笑って問いかけた。私はうんうん、と頷いて見せた。メモに書いて意志を伝える。
「なに?『何か仕事をちょうだい』………はは、貪欲だな。随分元気になってきたみたいで嬉しい。」
私の頭をよしよしと撫でる。
エルヴィン団長の手は不思議。
大きくて温かくて、溶かされてしまいそうなほど心地がいい。軽く目を閉じてその手の優しさを感じていると、頭から頬にその手が降ろされ、私の顔を包んでしまいそうな大きな手に、目を閉じて頬をすり、と寄せた。
一瞬エルヴィン団長がぴく、と何かに反応したように感じたけど、気のせいだろうか。
「――――……そうだな、君にしかできないことはまた、執務時間が終わってから頼むとしよう。今は―――――、文字は書くことができるなら、私の代筆をお願いしようかな。君は文字もとても美しいから。」
嬉しい。少しでも役に立てる。
うんうんと大きく首を縦に振って、渡された資料やペンを持って上機嫌に机に向かった。