第81章 落月屋梁
「――――回復の兆しは?」
「食事は少しずつ、するようになった。1人で起きて歩き回っているし、身体の回復は順調だ。相変わらず―――――声は出ないようだが。」
「………そうか。」
「出ないというより、出し方がわからなくなったらしい。」
「出し方がわからない?それなら、無理矢理出させてやればいいだろうが。」
「――――……無理矢理?」
「喘がせるとかな。」
「………鬼畜かお前は。」
エルヴィンが冷ややかな目で俺を見る。
「心外だ。手段を選ばないだけだ。俺はあいつの声が聞きたい。」
「それは俺も、もちろん同じだが―――――焦らずともいいだろう。心が癒えれば、その内自然と治るかもしれない。」
「――――じゃあ、自然と治らなければ俺に預けろ。あいつを鳴かせるのは得意だ。」
「ごめんだね。それに奇遇だな、ナナを鳴かせるのは俺も得意だ。」
「は………。これだけ側に置いていて抱けねぇとは……心中お察しする。団長。」
「――――うるさい。用が済んだら行け。」
「――――あぁそう言えば、落とし物を届けたら普通、落とし主から礼の一つもあるもんだよな?」
「またたかるのかお前は。わかったわかった、次の王都招集の時に買って来る。酒か?紅茶か?」
「紅茶。」
「了解だ、兵士長。」
くだらねぇやりとりを残して、団長室を出た。
思ったよりエルヴィンも乱れていないようだ。ナナが回復しているなら、このままうまくやれるだろう。
ほんの少し疼く嫉妬を無かったことにできたのは――――、俺の腕に、ナナの温もりが残っているからだ。
この感触が消えないうちは、俺はまた”兵士長”でいられる。
エルヴィンに全く罪悪感を感じないわけじゃないが――――
俺の損な役回りから見ても、これくらいは大目に見てもらわねぇとな。