第77章 己己
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ナナの左手の痛々しい傷を布で覆って、包帯を巻く。
こんな小さな手に、人の命を救う手に、最愛の女の手に、刃が突き刺さって貫かれた。
目をそむけたくなるような事実だ。
ナナに零したように、このままナナをかっさらってしまいたい気持ちが俺には確かにある。
――――なのに、俺の頭の片隅にはエルヴィンへの引け目もある。
任務の遂行に対して詫びたいわけじゃない。
あいつは元からナナを傷一つつけずには守れないと読んでいた。
命を守れて、今後の脅威を潰せた―――――、そしておそらく、エルヴィンはこれを契機にもう一つの脅威も一緒に潰す気だ。あいつはきっとそれで良かったと、よくやったと言うだろう。
――――エルヴィンに申し訳ないという思いが微かに芽生えるのは、団長ではないあいつがナナをどれだけ想っていて、どれだけ愛しているのかも理解しているからだ。
俺の思考と感情のはずなのに、辻褄が合わないことに戸惑う。
ナナを奪い、取り戻したいなら、エルヴィンに申し訳ないと思う必要などないのに。俺は確かに、エルヴィンの最愛の女を傷付けたことに、引け目を感じている。
「――――なぁナナ。」
「はい。」
「俺がエルヴィンに抱く感情は、なんなんだろうな。」
「えっ。」
ナナがきょとんとする。
俺はずっと聞いてみたいと思っていたことだが、そりゃそうか。ナナからしたら急になんのことだと、思っているんだろう。
「お前には、どう見えてる。俺にはエルヴィンと自分の関係性がよくわからねえ。一般的になんと呼ぶんだ、この気持ち悪ぃ感情や関係を。」
「――――……私から見たら……。“ほんの少しの主従関係を含んだ唯一無二の戦友”という言葉が、一番しっくり来ます。」
「……………。」