第74章 心憂
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エルヴィンが来る少し前。
執務を終えようとしていた時間に、扉が鳴った。呼んだ覚えもねぇ、女の兵士…見ない顔だ。新兵か。とりあえずは要件を聞くために、入室を許可する。この時間に呼んでもねぇ女が来るのは、だいたい見当がつく。
ソファに座って早く追い返して、酒を流し込んで眠ろうと、そう思った。
「リヴァイ兵長、好きです……ナナさんともう付き合ってないなら、一晩だけの思い出として、抱いてもらえませんか……。」
よくある言葉だ。ナナが側にいた時には、煩わしいこの申し出もほとんど無かったんだが、ナナと離れてからはまたうぜぇぐらいに再発しだした。
有無も言わさず帰れと言っていたんだが――――、俺はその数時間前に、ナナが頬を染めて俺の行動に涙を堪えて喜ぶ顔を見てしまった。
その女の長い金髪を、白銀のあいつの髪だと―――――思えなくもない。
この持て余した熱を、自己処理でなく発散できるなら………、という、ほんの少しの揺らぎだった。
「――――俺の興味を引けたら―――――……応じてやらねぇこともない。」
目も見ずにそう一言冷たく零すと、その女はジャケットを脱いで、シャツを脱ぎ捨てて俺の側に寄った。
ナナよりも随分豊満で“女”を強調する胸を刷り寄せて唇を近付ける。その胸にかかる金髪を目の前にして、普通なら抱けるんだろうが―――――、俺には、嫌悪しかなかった。
今すぐ出て行け、と声を発しようとした時にまた扉が鳴って、エルヴィンの声がした。
「――――団長が来た。もう、行け。」
「……はい………。」
女は手早く衣服を身にまとうと、足早に部屋を去った。身体も顔も悪くねぇ、一般的に“いい女”だと言われる部類の女だと思うんだが。
あの瞳、あの声、あの髪、あの肌、あの熱と―――あの笑顔―――――ナナしか、欲しくない。
でも、お前はもう俺の腕に戻らない。
頑固で律儀な奴だ。エルヴィンに死ぬまで沿うんだろう。
そんな芯の強さが、時折見せる不安定な弱さが、俺を縛り付けて離さない。
俺はあと何回、酒の力を借りて眠る冷たい夜を過ごすのだろうと思うとまた、お前の体温が恋しくなる。