第72章 再生
「―――――クロエ、聞かせてくれ………。」
「―――――………。」
「君は一度でも、あの屋敷で私の帰りを―――――……心待ちにしてくれたことが、あったのか―――――?」
「――――たくさんたくさんあったわ。待ってたの、ずっと。」
母はそう言って父の手を握って、自分の頬に寄せた。
「女としてじゃなく、一人の医者としてあなたの横で生きる意味を遂げたかった―――――。あなたと共にこの国の医療体制を変える夢を見ながら、紅茶を淹れてあなたの帰りを待った。でもそれは叶わないと知って、また小さく諦めたの……。」
「―――――………っ………。」
「でも………もっと早くこうやって、待っているんじゃなくて、あなたに近づけばよかったのね。」
「―――――すまない、すまないクロエ………っ………!」
「――――娘に説教されないと手を取り合えないなんて、本当に駄目ね……私たち……。」
母は少し笑って、その目から涙が一筋零れ落ちた。
父が一歩踏み込んで、母の生きる意味を知ろうとしていたら。
母が一歩踏み込んで、父にその生きる意味をちゃんと伝えていたら。
私たちは今もあの屋敷で、笑いながら過ごしていたのかもしれない。
ロイはまるで感情のない人形のように、どこか寂し気に、まるで遠くからその様子を傍観しているように佇んでいた。
「――――ここに来るのに、とても勇気が必要だった。でも、来て良かった。あなたにちゃんと、伝えられて良かった。」
父の手を両手で慈しむように握ってその目を見つめる母は、美しかった。
「――――君を、愛していたんだ……誰よりも………。」
「………痛いくらい、知ってたわ。それに甘えて自らあなたに手を伸ばさなかった私も、愚かだった。ごめんなさい………。」
父と母を無表情で見つめていたロイが、口を開いた。