第70章 香
「………大丈夫、大丈夫………です……っ……!」
私は両腕でリヴァイ兵士長の身体を強く押し返す。
「―――――………。」
「心配、かけて……っ……ごめんなさい……!でも、本当にもう―――――ロイは……ちゃんと……っ……。だから、大丈夫……大丈夫なんです……ごめんなさい……、ごめん……なさい……。」
必死にその腕から逃れようとする。
ダメだ、本当に。
この腕と、声と、この彼の匂いに触れてしまえば、私がこの一年近くで今まで積み上げてきたものが、耐えてきたことが、全て無駄になってしまう。
涙が出るのは、きっとそれが辛いからだ。
彼を拒否しなくてはならないことが辛いんじゃない。
「――――じゃあなんで泣いてんだ、お前は………!」
「――――離してください!リヴァイ、兵士長……!」
思わず声を荒げる。リヴァイ兵士長は、驚いた顔でほんの少し、腕を緩めた。
「……………。」
「……あなたは、兵士長で……私は……ただの兵士です………。私の家のことなんて――――……放っておいて……下さい……。」
「――――……そうか。」
「…………。」
「………悪かった。もうお前の選択に口は出さない。」
一言残して、リヴァイ兵士長は私の横を通り過ぎた。私はとめどなく流れ落ちる涙を止める術も持たず、足元の水跡は増えるばかりだった。
「―――――汚い私を、嫌わないで…………。」
小さく漏れ出た本音はどこにも届くことなく、消えた。
リヴァイさんにあの顔をさせたのは二度目だ。
静かに昏い目。
私はこの顔をさせてばかり。
こんなことになるくらいなら、やっぱりあの日―――――世界が終わってもいいと思えるほど幸せだったあの日に、あなたの中に溶けてしまって、私なんかこの世界からいなくなってしまえれば良かったのに。
ただあの一瞬抱き締められただけで、微かに身体に彼の匂いが移っていることに気付く。彼よりもずいぶん頼りない腕で愛しいその香りと共に自らの身体を抱き締めると、また――――涙が溢れた。