第69章 葛藤
いつになく弱気で女々しい思考が頭を駆け巡っていく。
ただただナナの細い身体を強く抱きしめ、その血の一滴すら逃さないようにその指に唇を寄せた。
「――――すまない、こんな事を言いたかったわけじゃないんだ――――、ただ君を労って、褒めて―――ありがとうと伝えたかった。」
情けなく白状すると、ナナの潤んだ瞳から一筋の涙が溢れて落ちた。
「――――苦しめているの、わかってるんです。」
「…………。」
「ごめんなさい……。」
「………謝るなよ……。」
「まだ遅くない、同じ志を持つただの補佐官に戻れます。そしたらもうエルヴィン団長は……苦しまずに済みますか?」
「――――君は俺を苦しめていることが苦しいんだろう?君がそこから逃げたいだけじゃないのか?」
「――――それは……。」
言い澱むナナの顔をぐっと乱暴に掴んで、見下ろす。
「――――逃がしてなんか、やらない。」
「――――!!」
「せいぜい苦しんでくれ。君の笑顔はもちろんだが、苦痛に歪む顔も、とても魅力的だ。」
「―――――ふふ……、酷い人。」
ナナはどこか安心したように、眉を下げて少し笑った。
「―――――私と同じ。」
「あぁそうだよ。傷付け合って苦しめ合うとしても、君が嫌がっても、離さない。」
ナナは俺の存在を確かめるように左手を俺の頬に寄せた。そのまま小さく唇を合わせる。
「大人の恋って、思ってたより苦しくてつらいんですね。」
「そうさせてるのは君だ。俺は甘ったるい初恋のような恋を希望していたんだが。」
「――――でもほら、コーヒーもワインも、複雑な方が美味しいでしょ?」
「――――とんだ屁理屈を言うようになったな。」
「だとしたらそれは――――あなたの影響。」
悪戯な目を向ける君が、狡い君が、堪らなく愛おしい。
「――――愛してる。ナナ。」
君がその言葉に対して言い澱んでしまう前に、その唇を再び塞いだ。
手に入りそうで入らない。
この辛くもどかしい感情さえひっくるめて、君を想おう。そしていつか君にとっての特別さえも、俺に書き換えたい。