第59章 伝播
大事に大事に、焼却炉の中にそっとそれらを置いた。
ワーナーさんの笑った顔、指を指してその言葉の意味を教えてくれたこと、口から紡がれる、柔らかい旋律と滑らかな言葉。
そして、その横でただただそれを見守っている、あの頃の――――――――
「―――――おいナナ。どうした。」
胸に刻んだはずだ。
例え物としてこの世からなくなっても、想い出は決して色褪せない。
「―――――お前が火を放たないなら、俺がやる。」
「待っ……て……、ください……!ちゃんと、ちゃんと私が――――――………。」
手元の小箱から一本のマッチを取り出し、箱の側面に擦る。
ぼぉっ、と小さく灯る炎が、私とリヴァイ兵士長を小さく朱く染める。
焼却炉の中に、小さな炎を投げ込んだ。書物はその歴史と想い出と共に炎の中で揺れている。
小さく、歌を口ずさんだ。何度も何度も歌った、自由を夢見る歌を。
リヴァイ兵士長は何も言わず、思い出が焼け崩れるパチパチという音と、流れる旋律がただその場に響いた。
2人肩を並べてその様子を見守りながら、それらが灰になった頃、ほんの少しの微笑を交えて私は言った。
「―――――ありがとうございます。」
「………あ?」
「これでほんの少しでも調査兵団に及ぶ危機が抑えられるなら、本望です。―――――きっと、ワーナーさんも分かってくれる。」
「…………。」
リヴァイ兵士長は、消えていく炎を見つめていた。
前の私なら、泣いてその胸に縋っていたかもしれない。
今だってきっと、そうすれば優しいリヴァイさんは泣き止むまで側にいてくれるんだろう。けれど、こうやって少しずつリヴァイさんから離れて行かなきゃ。
例え炎のように燃え上がる激情を胸に秘めていようと、そんなことは一切悟られないように大人の笑みを返す。
エルヴィン団長を見て学んだ。上手に嘘をつくためには、笑むのが一番だと。
こんな私を、大人になったな、強くなったな、って、あなたは心の中で褒めてくれているだろうか。
炎を見つめる彼の横顔からは、測りえなかった。