第1章 居候と孤児【賢者の石編】
その白くて狭い部屋には小さな傷が目立つ木製の机と、それまた同じような木製の丸いす、少し動くだけでもギシギシと音が鳴るベッドのみ、とても寝心地の良いものではなかった。薄いシミだらけのシーツに体を丸めて眠っているのは、この部屋でもう10年も過ごしている少女。薄いカーテンの隙間からうっすらと太陽の日差しが部屋に入り込み、眠る部屋の主人の顔に起きろと言わんばかりに眩しく照らした。
あまりの眩しさに目をうっすら開けると、薄いスミレの色をした目がゆっくり開いた。顔を顰め、日とは逆方向に体を捩り、もう一度目を閉じた。まるで起きたくないという態度の少女に、次はドンドンドン!と、まるで金槌で戸を殴りつけるような音が部屋に響いた。
「いつまで寝てるんだい!早く食事の用意をなさい!」
苛立ちを隠すこともない声に、少女は大きなため息をつきながらノロノロと体を起こした。長年髪を解いていないせいで、少女の髪はあちらこちらにもつれ、グシャグシャのダークブランの髪は少女を見窄らしくみせた。しかしそんなことは気にせず、腕につけてあったゴムの伸び切った黒色の髪留めで、慣れた手つきで後ろに一つにまとめた。
「まだなのかい!」
「今行きます、ミス・メアリー!」
この孤児院の院長、ミス・メアリーはまたドアを強く叩くと、少女も苛立たしげに返事を返した。返答が聞こえたのかどうかわからないが、ドアの外でぶつぶつと少女への悪口を言っているのが聞こえていた。
ベッドから飛び出すと、埋め込み式クローゼットから服を取り出した。どの服も色褪せ、所々につぎはぎや直した跡が目立っていた。少女はそれを気にすることなく、色褪せたTシャツと、これまた色褪せた穴が空いたジーンズを取り出して着替えた。
着替え終わると慌ててひとつしかないバスルームに走り、顔を洗ってすぐに食堂へ駆け込んだ。壁にかけてあったヨレヨレのエプロンを身につけると、冷蔵庫から卵とミルク、ベーコンを取り出した。
(…今日も最悪な一日の始まり…)
少女は慣れた手つきで卵を割り、ボールに次々と放り込んでいった。