第1章 【第一講】人が恋に落ちる理由なんて意外と単純
近藤勲は窓枠に肘をつき、もっさもっさとバナナを食べていた。階下に広がるは、生徒でごった返す昼休みの校庭。
近藤の視線の先では今、四人の女子がバレーボールに興じている。その中の一人は志村妙。近藤の片恋相手。
といえば聞こえがいいが、つまびらかに述べればストーキング行為を働いている相手だ。
「おお!?」
近藤は窓から身を乗り出した。
校舎の反対側に向かって、レシーブのために妙が大きく体を投げ出した。体育の時間でもないため、彼女の格好は制服だ。スカートだ。
近藤は窓枠下部にぴったりと顔をくっつけ、ギリギリまで下から覗き込む。
「クソ! あと少しだったのに!」
だがしかし、スカートの中を見るには至らず、近藤は無念の言葉を口にする。
妙が弾いたボールは相手コートへと飛んでしまい、「ほァちゃあァァ!」という掛け声と共に強烈なアタックを妙のチームは食らってしまった。
「またチャンスがあるかもしれん!」
近藤はさらに身を乗り出し、その瞬間を待ちわびる。右手に握られたバナナの皮が汗にまみれる。
「ほな、いくで」と、神楽のチームメイトはサーブを打つ。
「妙ちゃん!」と、ボールを受けた左目を眼帯で覆った女子が、妙の頭上にトスを上げた。
その瞬間、妙の鋭い双眸が校舎に向けられた。
「え?」
気づいた時には、近藤の顔面わずか数センチのところにボールが迫っていた。
「どわぶ!」
超剛速球メジャーリーガーも脱帽の超高速スペシャルスーパーアタック。
某悟空にも「すげーなおめー! オラ、そんなの打てねーぞ」と言われるであろう程の必殺技を妙は繰り出した。
バナナの皮を廊下に放り投げながら、近藤の体は開け放たれていた扉から、3Zの教室へと上手い具合に吹っ飛ばされた。
ボールは近藤の鼻をめり込ませ、綺麗な弧を描きながら妙の手元へと戻った。
「ごめんなさい、九ちゃん。手が滑っちゃった。せっかくいいボールを上げてくれたのに……」
「いや、大丈夫だ、妙ちゃん。まだまだ挽回できる点差だ」
「そうね。ゴリラは成敗したから、もう手が滑ることもないし」
「ん? 何か言ったか、妙ちゃん」
「いいえ、大したことじゃないわ。もう時間もあまりないし、早く始めましょう」
妙は神楽に向けてボールを放った。
何事もなかったかのように、彼女達の白熱した試合は再開される。
