第11章 土方十四郎《見つめる視線と睨む視線は紙一重》
《見つめる視線と睨む視線は紙一重》
往来を塞ぎ、黒ずくめの男達は烏合の衆と化していた。
今日は二月十四日、バレンタインデー。しかし、この男達には、そんな行事は関係ない。
「バレンタインだからって、浮かれるなよ!」
局長である近藤は、声を大にして隊士らに喝を入れた。
腕を拱き、貫禄を見せている。
「仕事は絶対にきっちり定時に終えるからな! 聞いているのか、お前ら!」
大抵の隊士は近藤に目を向けず、遠足のように騒いでいた。
「いい加減にしろ! お前ら!」
ピシャリと、近藤の声が響いた。
道行く市民でさえ、肩を震わせて思わず立ち止まってしまう程の声に、隊士らは真面目な表情で近藤に目を向けた。
「よし! それぞれ見廻りを怠るなよ。悪の芽は見逃さずに必ず摘め!」
「はい!」
いつもと違う雰囲気の局長に、隊士らの士気は取り戻された。
「今日はヤケに張り切ってんじゃねーか、近藤さん」
煙を吐き、土方は口角を上げた。こんな近藤の姿は、そう見られるものではない。
今日の近藤には、局長としての威厳を感じる。そう思ったのも束の間。
「うむ。今日は騒ぎなど起こされては困るからな。今日は『スナックすまいる』に行って、お妙さんからチョコをもらわねばならん」
近藤は顎に手を当て、真面目くさった表情で言い放った。
そのため、攘夷浪士が夜中に悪事を働くような事態は、絶対に防がなければならない。
「そんな理由か!」
土方は唾を飛ばしながら声を荒げる。感心した自分が心底アホに感じられた。
店の軒先に積み上げられたチョコレートに群がる女子達。そこにはセールの文字が見えている。
道行くカップルも、バレンタインデーのためか浮かれた表情に見える。
「ったく、どいつもこいつも菓子メーカーの思惑に乗りやがって」
「俺もひとつ買っておくか。物々交換なら、お妙さんもくれるかもしれん」
「オイ!」
女子の中に紛れる近藤に呆れながら、土方は一人見廻りを続行した。