第10章 沖田総悟《人間なんてチョコより甘い》
「甘いものがお好きだとは、意外です」
この店のケーキは、とにかく甘い。
チョコレートケーキなど、その中でも極めつけだ。表情の引きつりは、それが原因。
見た目でわかるものではないが、沖田は甘党には見えなかった。
「好きじゃねーよ」
沖田は紅茶を啜った。砂糖も入れず、ケーキの甘みを中和させるように。
「ご馳走さん」
「は?」
一口だけ食べると、沖田は刀を持って立ち上がった。
「こんな甘いもん、一口で充分だ。残りは○○にやらァ」
呆けた顔でケーキを見つめている○○を見下ろすと、沖田は小さい声で呟いた。
「今日が何の日か知ってるか」
○○は大して考えもせず、日付を思い出す。
今日は、二月十四日。
「今日はバレン――」
○○は目を見開く。
沖田の顔が目の前にある。避ける間もなく、唇が重ねられる。
「チョコついちまったな」
顔を離すと、○○の唇を見て沖田は自分の唇を親指で拭った。
○○は呆然と、口を半開きにして固まっている。
沖田はその顔を覗き込んだ。
「何アホ面かましてやがんでィ。今度は舌突っ込んでやろーか? あ?」
「なっ……なっ……」
声にならない声を○○は漏らす。
鼓動が高鳴る。顔が熱い。それは目の前にいる、この憎たらしい男のせい。
「今日は俺がお前からチョコをもらう日だ。嫌だとは言わせねーぜ」
沖田は○○の唇に指を伸ばし、自らがつけたチョコレートを拭った。
不敵な笑みを見せると、○○の頭に手を乗せた。
「チョコは甘ったるくて敵わねーけど、○○の唇は美味かったぜ。ご馳走さん」
言い残し、沖田は店を出て行った。
テーブルの上には、一口分だけが食べられたケーキと紅茶のカップ、それから伝票が残されていた。
我に返ったように、○○は目をパチクリさせた。伝票?
「何がもらう日だァァァ! タダの食い逃げじゃねーかァァァ!」
○○の叫び声は、吹き曝しの店内を駆け抜けて江戸の青空まで響き渡った。
(了)