第1章 高杉晋助《吉原に雨が降る》※遊女/夢主殺されネタ
「……高、杉さっ」
突然、呼吸が苦しくなり、○○は胸を押さえた。
目が霞む。○○は両手を床につき、高杉に目を向ける。
その焦点は定まらない。
「高す、ぎ、さん……」
荒い呼吸の中、その名を呼ぶ。
「どうし、て……」
紅に毒が塗り込められていたと、○○は気がついた。
体が重い。うつ伏せに倒れ込みそうになった時、体が支えられた。
高杉の肩口に○○の唇が触れる。
背中に回された腕に、○○の体が包み込まれた。
今まで感じたことがないくらい、力強く抱き締められている。
「高……ぎ、さん……」
彼の様子がどこかいつもと違っているとは感じていた。
それがまさか、自分を殺すせいだとは思いもよらなかった。
何故、殺されねばならないのかもわからない。
だが、憎まれてのことではないと、その腕の強さから感じた。
口を開くことすら、もうままならない。これが最期になるならば。○○は懸命に口を開く。
朦朧とする意識の中、○○は高杉の背中に腕を回し、呟いた。
「愛、して……ます」
○○の耳元に唇を寄せ、高杉は囁いた。
「……俺もだ、○○」
世を憎み、世界を壊すことだけを考えていたはずが……自らの想いに憤る。
殺してしまわねばならない程に、身を焼いていた。
感情など、邪魔なだけ。にも関わらず、抑制が出来ない。
そうしてその存在を消してしまうことを選んだ。傾倒する師を失った日と、同じ日に。
体を離すと、高杉は○○を横たわらせた。
重い瞼を懸命に開くと、小さな光が目を差した。
薄明りに照らされた高杉の顔。
○○は一度見開いた後、その目を細めた。
「ああ、雨、ね……」
恋い焦がれた鋭い瞳から、雫が零れる。
暗く、冷たく、切ない瞳。傍らの空から雨が降る。
心を潤す、恵みの雨。
(最期に、見られた……)
○○は微笑んだ。
高杉の頬に伸ばされた手は、力なく落下した。
「難儀なもんだねェ……」
高杉は○○の唇に触れる。
○○の頬を微かに濡らし、通り雨は静かに止んだ。
(了)