第6章 山崎退《派手なアイドルよりも地味な君の方が輝いている》
「それは、知り合いに会えて、という意味ですか」
「え?」
振り向いた山崎の目を、○○はジッと見つめた。
お水の世界に身を置くには、○○は消極的な性格で、なかなか指名客が取れずにいた。
そんな苦労を知ってか知らずか、山崎も回数は少ないが、客として顔を出してくれるようになった。
山崎と会話をしている時間は、とても心地よかった。
「私、」
○○の小さな声は、年明けの大歓声に掻き消される。ただ、その口を読む限り、山崎にはそう読めた。
それは、自分に都合のいい勝手な解釈なのか。○○の表情は暗くてよく見えない。
自分の声が聞こえていないことはわかっている。けれど、二度も口に出す勇気はない。
「あけましておめでとうございます」
○○は表情を緩めて挨拶の言葉を口にした。
「誰でもよかったわけじゃないです!」
山崎の大きな声に、○○は驚いて目を見開いた。
「○○さんだから! ○○さんと、年が越せたから……」
山崎は我に返ったように声を小さくする。
「今年は、いい年になるかもしれません」
「かもしれない、なんですか」
「そんな自信は持てないです。こんな俺ですから」
○○は小さく笑った。
元日の真夜中、吐く息は白い。
「私も、今年はいい年になりそうです」
手袋を嵌めた手で缶を握り締める。
引っ込み思案で、人の顔色ばかりうかがうような性格だから。今まで意見を主張したことなんてなかった。
けれど、今年は年明けと同時に、自分の想いを口に出来た。
今年は変われるかもしれない。その言葉は伝わっていないかもしれないけれど。
「山崎さん。今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
向き合いながら、○○も山崎も、深く頭を下げた。
顔を上げると、山崎は続きの言葉を付け足した。
「去年よりも、もっと」
山崎の笑顔に釣られるように、○○も笑顔を返した。
「はい」
○○は心の中でもう一度、言葉を紡いだ。
――私、山崎さんのことが好きです。
いつかまた、ハッキリと伝えようと思いながら。
(了)