第3章 坂田銀時《月見酒より君を見て飲む酒の方が心地よく酔える》
「母の故郷に行くつもりです」
○○の母は、○○が幼い頃に家を出たまま行方知れずになっていた。
元々、母は金目当てで父と結婚した。だが、吝嗇家の父は母にも自由に金を使わせなかった。
「この街にいても、危険ですから」
平穏に暮らせるのなら、多くは望まない。
いくら○○自身が恨まれるようなことはしていないとはいえ、父が買った恨みは大きい。
恨んだ男の娘。それだけで恨みの対象と成り得る。
「田舎で仕事を見つけて、これからは静かに過ごします」
「敵ばっかじゃねーよ。この街も」
銀時は立ち上がると、柵の傍まで歩みを進めた。
足下を見下ろす。
「言っただろ。この街にも、ちゃんとお前を見てる奴はいる」
○○も立ち上がり、銀時の横に並んで足下を見下ろした。
ネオンの光に人の群れ。車のライトも見えている。
かぶき町の夜はこれからが本番。
「それでも○○に危害を加えようとする奴がいるなら、俺が必ず護ってやる」
○○は銀時の横顔を見つめる。
銀時は猪口を呷る。
「銀さん、酔ってるんですか?」
「猪口二杯で酔うかよ」
「でも」
頬がほんのりと赤く染まっている。
「強ェ酒だからな。顔には出やすいのかも知れねーな」
銀時は顔を擦りながら、○○の横から離れた。
地べたに座り酒瓶を持ち上げると、三杯目を猪口に注いだ。
「銀さん、本当に護ってくれますか」
○○は再び銀時の隣に腰を下ろす。
銀時の横顔を差していた赤みは消えていた。
「侍は守れねー約束はしねーよ」
生まれ育った街だけれど、反感ばかりを買って生きて来たこの街に、○○は未練などなかった。
ただ一つ、この人と会えなくなることだけが心残りだった。
「来年は万事屋の屋根の上からこの空、見よーや」
銀時は猪口を○○の前にかざした。
同じように○○が猪口を持ち上げると、銀時は打ち合わせた。
玲瓏な音を響かせる陶器の中を、一年で最も美しい満月が輝かせている。
(了)