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あたらよ【東リベ/短編集/裏有】

第1章 『 camel 』✱佐野万次郎/裏有/大人/軽くドラエマ


「んー・・・っ」
万次郎はぐぐぐ、と伸びをしふぅと一息ついた。
長時間拘束の書類仕事は流石に疲れた。一服するべく自身のデスクに放り出されていた愛用のライターを手に取った。

「待った」

万次郎の隣に佇み秘書を務める龍宮寺堅はその瞬間を見逃さず長い腕で万次郎が持つライターを掻っ攫う

「あ?」
心待ちにしていた時間を奪われた万次郎は、ギロリと龍宮寺を睨みつけた。

「悪ぃ、エマに煙草吸うなって止められてんだよ」

ケンチンは高校卒業したと同時にエマと結婚した。
ケンチン曰く、今年出産予定の可愛い我が子の為に煙草は以ての外で何やら呼出煙や副流煙さえも持って帰って来んなと鬼の形相で昨晩こっ酷く叱られたばかりらしい。

ガキの為には仕方ねえんだけどよ···と何処と無く浮かれた様子で照れ臭そうに話すケンチン。どうやら子供を授かったと分かったのも最近らしい。

「はァ···しゃーねー···」
重い腰をあげ、万次郎は立ち上がった。

「おめでと、ケンチン」

そう言い残し自身のオフィスを後にした。

向かった先は、夜景が一望出来る喫煙ルーム。

そこには見慣れない先客が居た。
首に下げている社員証から従業員だと理解した。
黒髪を後で1つに束ね、一見煙草とは無縁そうな地味な女が万次郎の窓際の特等席にたって煙草の煙に包まれていた。

己1人でゆっくりと煙草を愉しもうと目論んでいたが、どうやらそれは叶いそうに無かった。
気を取り直し、煙草に火をつけようといつも持ち歩いている筈のライターを探すが何処にも無い。

「あ。」
(ケンチンから返してもらうの忘れた···)
直ぐにライターの居場所がわかったが面倒臭さが勝り、今更取りに戻ることは無かった。

万次郎は普段興味無い奴には話しかけない。
それは昔から変わらず、今もそうだった。

ふと、窓際の特等席に立つ女をもう一度見た。
こちらの事は気にも留めず灰皿にトントン、と灰を落としている
夜景と煙草に夢中になりオレに見向きもしない彼女になぜだか無性にイラついた。

「それ貰えばいいや」

次にその女の唇に触れたのは吸いかけの煙草では無く万次郎の薄い唇だった。

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