第3章 満ちる
――クソ、体中が痛え。うるせえな、誰だよ。そこでめそめそしてやがんのは。
ゆっくりと蛇のような隻眼が開かれる。その眼に映ったのは静かに泪を流す女。とめどなく流れ落ちる涙は、砂漠に吸い込まれて消えていく。
その中の一滴が、ノイトラの孔に落ちた。
「…めそめそする奴は、嫌えだと…言ったはずだ。」
「…死んでしまったかと、思ったわ。」
「バカ言え。」
「私を置いて、逝ってしまうのかと。」
剣八とかいう死神に両断されたはずの躰は、僅かずつ再生を始めていた。隣にしゃがみ込んでいる破面が再生の能力を使ったこともあり、ノイトラの躰は着実に回復しつつあった。
ぐっと細い肢体を持ち上げて胡坐をかくノイトラを女は涙をしまい込んだ目で見つめた。
「復讐しようなんて、考えないでね。」
「あァ。」
「何と言おうとダメ…、え?」
ノイトラが素直に頷くとは思いもよらなかったのか女は呆けた顔になった。女の黄金の瞳と薄く開かれた唇に触れたいと思いながらノイトラは言う。
「…悪かった。」
「…どうしたの?まだどこか痛む?っきゃ。」
ノイトラの右手は女の頭を抱き込み、その胸板に柔らかな頬が寄り添った。
―死にかけて初めて、この女を手放すことになるのが惜しいと思うなんてな。
闘いの中でしか見いだせなかった己の生きる意味。闘いの絶望の中でその命を喪うのなら本望だと思ってきた。しかし、ノイトラは絶望の中に光を見つけた。
―俺も随分、腑抜けたもんだ。
そろりと背中に女の細腕が回る。傷に障らないように配慮するその腕すらも愛しくて、ノイトラは両手で女を抱き込んだ。すっぽりと自分の大きな体に収まる小さな暖かさが自分の中に広がる。
「ノイトラ、置いて行かないで、死ぬなら私を殺して逝って。」
「あァ。当分死ぬ気はねぇがな。」
「…本当に?」
「死んだら、お前を手放すことになっちまうだろうが。俺はお前を離してやる気はねェぞ。」
「うん…!」
互いの孔を埋め合うように、2体の破面は寄り添い続けた。破面として生を受けた時から、満たされることのなかった器は、2体が出会った時からあるいは2体が虚であった時からすでに満たされ始めていたのかもしれない。