第55章 その手をもう一度

着物と一緒に用意しておいた襦袢と朱色の半襟を急いで手にとった。

見ないように気をつけても、筋肉質な肩や腕がチラチラと目に入り、いたたまれなくなる。


信長「袖と共衿は普通のモノのようだな？」


着替えを終えると信長様は首の後ろから前へ襟をなぞり、腕を軽く持ち上げた。


「ええ、咄嗟の動きをする場合の妨げにならないよう、袖は普通のつくりにしてあります。衿は汚れやすい場所なので、お手入れの手間を考慮しました。
　それに今回は見えないところにお洒落を、というお題にしていたので、人目につく衿は通常通りにしました」


袖丈や裾の長さを確認し、背後からもチェックする。


（うん！ぴったりだ！暗いのが残念だな、すごく似合ってる！）


もともと信長様はスタイルが良いし、動作も洗練されているのでどんな着物でも着こなすだろうと予想していたけど、贈った着物は本当によく似合っていた。


「信長様、申し訳ないのですが座ってみて頂けますか？
　ベルベットはあまり伸びないですし、重みのある素材なので、窮屈に感じるところがないか確かめて頂きたいのですが」


信長様は胡坐をかいて座り、次に正座までしてくれた。


信長「問題ない。この天鵞絨は俺が知っているものより薄く、軽いな。
　縫製も繊細で良い出来だ。針子部屋から貴様の腕前は聞いていたがここまでとは知らなんだ」


胡坐に戻った信長様は指先でベルベットの部分を撫でている。
気に入ってくれたようだ。


「信長様にそう言ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます。
　着ているうちに何か手直しが必要になったらおっしゃってくださいね」


信長様が着ていたものを畳んでいると煙の臭いがした。

明るいうちに身体を清めたけど、煙の臭いがついた着物を着ていては気が休まらなかったかもしれない。


（贈り物の着物が早速役に立って良かったな）


着物の次に袴を畳んでいく。焦げて穴が開いた箇所がいくつかある。


「………」


あの業火に見舞われ、これで済んだのだから奇跡だ。

それでもぽつ、ぽつとあいた黒い穴を見ていると、心の中の不安が大きくなっていくようだった。