第51章 捻じ曲がる真実
(第三者目線)
数日前からシトシト降っていた雨が、今朝になって強くなった。
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ……
雨音に足音が紛れるよう、潜められた足音がした。
光秀は一人、山越えをしていた。
山を越え、伝手(つて)を頼りに坂本城へ向かうつもりだ。
光秀「やれやれ一体どうなっているんだ」
夜通し歩き続けた足を休めるため、大木の下に身を置く。
白を基調とした着物は跳ねた泥で茶色い染みが広がっていた。
追手の気を反らせるために傘や外套を投げつけたため、雨を凌ぐものはなかった。
全身濡れに濡れて、手ぬぐいで拭ってもボタボタと雫が足元に落ちる。
『本能寺に雷が数度落ち、火の手が上がった』
部下より報告を受けて本能寺に戻ってみれば、激しい炎が天を赤く染めていた。
火の勢いが強すぎて消火活動は遅々として進まず、それでも部下に指示を出し安土へ早馬を出した。
ところがどこでどう話が捻じ曲がったのか、
『明智光秀が織田信長を裏切り、本能寺に火を放った』
早馬が事実ではない知らせを安土に持ち込んだ。
安土だけではなく、日ノ本全てに『光秀謀反』の誤った内容の報せが駆け巡った。
やがて秀吉が西方より引き返してきて『事実を知るため明智光秀は殺さず捕えろ』。
そう命を下した。
ところがその命令もいつの間にか、
『逆賊の明智を何がなんでも捕えろ。生死は問わない』
という内容に変わっていた。
手段を選ばず攻撃してくる輩を相手にしているうちに、一人、また一人と部下が減っていった。ついにはこうして一人山奥を歩いている。
光秀「お館様は無事だろうか…」
本能寺に火の手があがってからすでに10日以上がたった。
安否を確認したくとも次から次へと湧いて出てくる追手を巻くので手一杯だ。
光秀の脳裏に寺を焼く激しい炎が浮かんだ。
光秀「あの火の勢いでは……」
すぐに避難していたのなら光秀が消火活動中に姿を見せたはず。
姿を見せなかったという事は…
光秀「道半ばにして逝かれたのですか、お館様……」
その声を打ち消すように強い雨が降り注いだ。
止む気配はなく、それどころか遠雷が聞こえてきた。