第29章 時のイタズラ
佐助「そうだ、最後にもうひとつ確認。舞さん、その指輪は…?」
佐助君の視線が私の左手薬指に落ちた。
「あ、これは母のものを借りているの。
仕事場でも保育園でも、近所でも、いつも私は一人でしょう?時々好奇心旺盛な人が居るんだ。
指輪をして『主人は海外で仕事してるんです』って言えば大抵は納得してもらえるんだ」
仏壇の引き出しに、ずっとしまってあった母の婚約指輪と結婚指輪。
身に着けていた期間は数年だけだったと父が寂しそうに言っていたものだ。
今こそ母の指輪が役に立つと、二つ重ねて嵌(は)めて数年になる。
佐助「そういうことか」
「それに、ちゃんと私はその…相手がいるんだよ、って。
離婚して一人でいるんじゃないんだよって見栄みたいな気持ちもあったんだ」
愛し愛された人が確かに要るって、わかりやすい形で他人に証明したかった。
出会いそのものを拒否されてしまった謙信様の前でストレートに言えなくて、でも佐助君は察してくれたみたいだった。
佐助「一途に生きてきたんだね。流石だ、菜々子さん」
この数年の気持ちをわかってもらえてホッとした。
「そうかな、ありがとう」
自分でもわかるほど気抜けた笑いを返した。