第9章 看病七日目 岐路
謙信「なんとしても帰らなくてはいけないと、大勢の人間に迷惑がかかるかもしれないと必死に言われれば送り出すしかなかろう。
好いた男がいるが諦めて帰ると言っていた」
苦しげに息を吐く横顔にはくっきりと嫉妬の暗い影が落ちていた。
佐助「好きな人って……」
それは謙信様だ。
舞さんはあんなにわかりやすく謙信様に好意を示していたのに、全然気づいていなかったのか。
(恋は盲目になるって言うけど…)
謙信様は自分の気持ちはおろか、舞さんの好意に気づかないほど視野が狭くなっていたのかもしれない。
謙信様は見たことがないくらい憔悴した顔を見せた。
恋に囚われ、心を焦らした謙信様がひどく不安定に見える。
謙信「相手は知らぬが息をしていてもかっこいいと…。
しかし舞は国の者以外と恋仲にならないと自分を戒めているようだった。
想いが深くても帰ると…あいつの意志は固かった」
(舞さんは未来を変えるのを恐れていたからな)
舞さんの心情を慮(おもんぱか)って胸が痛んだ。
こちらに来たばかりの彼女に「この時代の人相手に深入りしないように」と忠告した。
未来に帰る足枷にならないように伝えた言葉だったけど、それだけにとどまらず、舞さんは「深入りして未来を変えないように」という意味合いで受け取ったようだった。
謙信様に好意を持っているにも関わらず国へ帰る姿勢を変えなかったのはそのせいだ。
歴史を変えるのは俺だって恐ろしい。
変えてしまった結果、生まれ育った平和な500年後はなくなるかもしれない。
しかし女性を頑なに遠ざけていた謙信様が心開いたのは彼女だ。
4年間傍で見てきたからわかる。
謙信様にとって舞さんが唯一無二の存在だと……。
心許せる友人として、尊敬する上司のため。
舞さんには帰って欲しくない。
頭をフル回転させ、様々な可能性と未来を予測して一つの結論にたどりついた。
佐助「謙信様。舞さんの好きな人は……」