第9章 看病七日目 岐路
(看病7日目)
(謙信目線)
軒猿「確かに預かりました」
謙信「いけ」
夜明け前、定時に長屋に現れた軒猿に文を預ける。
『明日越後へ発つ』という内容の文だ。
黒い影が立ち去ると、知らないうちに寄っていた眉間の皺に手をやる。
人差し指でぐりぐりと伸ばしてもすぐに皺が寄ってしまう。
昨日からずっとこうだ。
理由は分かっている。舞と離れがたいからだ。
年が明ければ春を待たずに舞は国へ帰る、と佐助から聞いた。
俺が次に安土に来るとしたら越後の遅い春が訪れてからになるだろう。
だとしたら舞とこうして顔を合わせることはもうない。
二度と会えないくらいなら、たとえ佐助のものでも良い。
その顔を見ていたい。
だが佐助の様子を見ていると引き留める気はさらさら無いようだ。
(解せぬ)
あれ程信頼しあっている仲でも引き留められない深い事情があるのか。
恋仲の佐助が引き留めないのに俺が引き留めるわけにはいかない。
じりじりと焦る気持ちを抑えつけて平静さを装う。
その様子を佐助が見ていたことなど気づかないほど、俺は心乱れていた。