第7章 看病五日目 謙信様と餃子
(看病5日目)
(謙信目線)
夜明け前に寝室を出ると佐助が火鉢に炭を足しているところだった。
佐助「おはようございます、謙信様」
謙信「早いな、調子はどうだ?」
佐助「熱はありますが、それほど高くありません」
謙信「そうか。だが無理はするなよ、ぶり返されては困る」
佐助「はい。そこらへんは心得ていますので安心してください」
飄々とした口調や表情には張りが戻りつつあった。
4日間寝てばかりでどうなるかと思ったが、峠を越したようだ。
(あの女が甲斐甲斐しく世話をしたおかげだ)
安土に佐助を任せられる隠れ家は幾つかあるが、流行り病ともなれば迂闊に任せることはできなかった。
共に行動していた俺も流行り病にかかっている可能性があったためこの長屋にこもったのだが…。
食事や掃除といった身の回りの世話だけではない。
高熱で魘(うな)されている佐助に声をかけ、励まし、背中をさすっていた。
無性に神経を逆なでされたが他愛もない話で気も紛れていただろう。
上等な滋養薬よりも、弱った佐助には舞が一番の薬となった。
佐助「昨夜寝汗をかいたので着替えました。もうすぐ軒猿の誰かが来る頃ですが、洗濯物はありますか」
謙信「ある」
少し皺が寄った着物の上に夜着と足袋をのせて寝室から持ち出した。
置いてあった佐助の夜着と一緒にすると、目ざとく発見された。
佐助「それ……洗っちゃうんですか」
謙信「……当たり前だろう。洗わないでどうするつもりだ」
佐助「いえ健全な男としてはなんとなく、洗うのが惜しい気がしただけです」
『匂いフェチではなかったのに…』とかなんとか、わけのわからない呟きをもらしている。
謙信「おかしなやつだ。ならばこの夜着、お前に預けるか」
佐助「いえ、舞さんの香り云々の前に謙信様の香りがする物を預かったら落ち着きません」
無表情で首を横にふる男に冷たい視線をなげかける。
不覚にも舞の香りに眠気を誘われ、朝まで眠ってしまった。
爽快な目覚めに反し、不甲斐なさに肩を落としたのはつい先ほどのことだが…
(そうはいかん…)
あの香りを佐助に、いや誰にも嗅がせたくない。
謙信「ならばこれは軒猿に持たせる」
洗濯物をひとまとめにして風呂敷に包むと堅く結んだ。