第6章 看病四日目 二人の香
謙信「……っ!」
幾種類の花を集めたような複雑で甘い香り
身を起こし、夜着に鼻を近づけ確認する。
謙信「あいつの香りが……」
手に取った夜着から舞の残り香がした。
おそらく南蛮渡来の香料だろう。焚き染める香とは違い透明感があり、嗅いだことのない花の香を含んでいる。
南蛮の使者達は強い香りを纏っているものだが、同じ香料を使っていても舞は接近しない限り香らない。
おそらく舞が香りの強さを調整しているのだろう。
茶屋で酒を飲んだ時に俺の香りを覚えたと言っていたが、それは俺とて同じことだった。
舞の座る方から風が吹くと仄かに花の匂いが香っていた。
あいつの私室で後ろをとった時も、担ぎ上げた時も、橋の下で腕にとじ込めた時も…
『この香り、とっても好きです。謙信様に凄くお似合いです』
恋仲以外の男に『好き』だと無邪気に伝えてくる女。
例えそれが香りのことだとしても…
温かいものが小雨のように降り注ぎ、乾いた心を潤わせていく。
謙信「この花の香り…お前に似合いだ」
(伝えるつもりはないが)
佐助のように言えたなら、舞はどのような顔をするだろうか。
慌てふためく様子が浮かび、口元が緩んだ。
照れるだろうか、嬉しそうに笑うだろうか…考えているうちに瞼がすっとおりてくる。
抗いがたい眠気に襲われるのは久しぶりだ。
ごちゃついた思考を脇に押しやり、花の香りに誘われるように眠りについた。