第86章 信長様の誘い
昔からそうだった。
その人は前触れもなく突然現れた。
政宗から受けた依頼品を行商人に預け、市場で買い物をしている時だった。
「ねえ、蘭丸君。このホタテ、とっても立派だから今夜は貝焼きにしようかな」
蘭丸「そうだね。味噌味で仕上げれば謙信殿も喜ぶんじゃないかな」
「ふふ、そうだね」
幸村「おい、お前らいつまで買い物してんだ。さっさと帰るぞ」
「えー」
蘭丸「えー」
幸村「な、なんだよ。大体買い物は済んでんじゃねえか。まだ何かあるのか?」
今日は珍しく幸村が買い物についてきてくれた。
信玄様に『幸村が選りすぐった甘味が食べたい』なんて我儘を言われたからだ。
散々文句を言っていたけど、結局私達についてきて、手にはしっかり甘味の詰め合わせを持っている。
「幸村はいいよ。私と蘭丸君は家に帰れば家事とか育児とか、たんまりと雑用仕事があって大忙しになるの。
買い物くらいゆーっくり、まーったりさせてよ」
蘭丸君が隣でうんうんと頷いている。
幸村が呆れたように息を吐く。
幸村「何がゆーっくり、まーったりだ。
大忙しなら猶更早く帰って片付けた方がいいだろ?」
蘭丸「…幸村殿が俺達を働き通しにして倒れさせようとしてるー」
「ひどーい」
幸村「なっ!そんなこと言ってねー」
「ぷ」
幸村「舞っ!何笑ってんだ、からかうなよ!」
「だって、幸村をいじめると楽しいんだもの」
黙っていれば『いけてるおじさん』の幸村は市場のおばさん達にすこぶる人気だった。
何か買えば『あんた良い男だね』なんて言われて山ほどおまけしてもらっている。
「かっこいいってお得だね」
幸村「こんなにいっぱいわかめもらっても嬉しくねーよ!どうすんだこれ」
蘭丸「濃い塩水でゆでれば日持ちするよ。といってもその量は凄いよね。
しばらく三食わかめ料理にしなきゃ」
「髪の毛が艶々になるかな。じゃあ私達は帰ったら忙しいから幸村がわかめの塩ゆでをお願いね」
幸村「へーへー、わかりました」
??「幸村、返事は一回が基本だ」
「え?」
蘭丸「あ☆!」
幸村「はっ!?」
三人で声がした方向をみると、ずっと帰りを待っていたその人が立っていた。