第82章 秀吉の願い
(第三者目線)
女「殿、それは本気でおっしゃっているのですか?」
秀吉「ああ、これ以上ない程本気だ」
秀吉は褥に横たわったまま傍に座る女の顔を見た。
この女は正室のねね。
今や『北政所様』と呼ばれている。
子が出来ず距離をおいた時期もあったが、秀吉が病に倒れてからよく見舞いに訪れるようになった。
昔と変わらず歯に衣着(きぬき)せぬ物言いには秀吉もしり込みしたが、最近はついぞない事だったので秀吉は心底楽しい気分にさせられた。
秀吉「どんな遺言を残そうと、俺が死ねば淀は必ず秀頼を天下人に据え置く。
秀頼が成長し、自分の力を計れるようになるまでは俺はそうはしたくない。秀頼のためだ。
だから明日、秀頼を連れて城を出て欲しい。
そしてこれから言う人物のところに行って、秀頼を預けてきてほしい。
ねね、その後はできうる限り急いで城に戻り、素知らぬ顔をしていろ。
お前にしか頼めないんだ。他の者に頼めば必ず情報が洩れる」
ねね「しかし……」
ねねが困惑して、斜め後ろに控えている石田三成に視線をうつす。
ねね「そのお役目、三成殿では駄目なのですか?」
秀吉「三成にはねねと秀頼の逃走を手伝ってもらう。
それにねねが姿を消している間に何かあった場合の火消し役と、もう一人の協力者に連絡をとってもらう」
ねね「もう一人とは…?」
秀吉「家康だ」
ねね「……新しい遺言をお聞きしましたけど、ずいぶんとあの男に入れ込んでおられるのですね。
私はあの方はあまり好きではないのですけど」
ねねは思い出したのか眉間に皺を寄せた。
竹を割ったような性格のねねと、天邪鬼の家康は昔からそりが合わない。
秀吉「わかりにくい性格だからねねには理解しがたいだろう。
だがあいつは『太平の世を作る』と確固たる信念がある。
あいつはそのために死ぬほど努力してきた男だ。
俺の跡を継ぐなら、幼い秀頼を無理やり置くよりも家康が適任だ。
な、そう思わないか、三成」
話をふられて三成は朗らかな笑みを浮かべた。