第71章 謙信様との逢瀬
(姫目線)
一日の寒暖差が大きくなり、山の木々が少し色づき始めたある日………
パシン!
信玄様が戸の調整をし、滑りが良くなるようにと敷居に蝋(ろう)を塗ってくれた部屋の戸が、勢いよく開いた。
集中して縫物をしていたので、その音に飛び上がった。
「ど、どうしましたか?信長様」
もっていた針を針山に刺し、椅子から立ち上がった。
着乱れた格好で髪に枯葉までつけた信長様は、静かに怒りのオーラを放っている。
(何か悪いことしたかな。それにその格好はどうされたのかな)
私のヘマで信長様に危害が及んだのだろうか…。
誰かが躓(つまづ)かないように漬物石はちゃんと片付けておいたし、もしかして洗濯物の台が倒れた!?なんて考えを巡らせたけど、どれも決め手はない。
(それに信長様が漬物石で転ぶとか想像できない…)
信長「貴様、急ぎの仕事を請け負っているか?」
赤い瞳が苛立たしげに机の上に向けられた。
「いえ、特には」
『はい』なんて言おうものなら目で殺されそうだ。
信長「ならば出かける仕度をして、謙信と逢瀬に行ってこい。
龍輝と結鈴は俺と光秀で預かる」
「え、何故ですか?」
目の前の乱れた信長様と、謙信様と逢瀬がまったく結びつかない。
精悍な顔には汗が浮いている。
信長「理由なんぞ聞かなくともわかるだろう。
早く仕度にかかれ」
「え、え?え??」
理由がわからないまま尻を叩かれ、急いで仕度をした。
「じゅ、準備できました」
時間がなかったので対したお洒落はできなかったけど、謙信様がお気に入りの着物に着替え、髪を簡単に結った。
品定めするように全身をチェックして、信長様が『よし』と言って手首を掴まれた。
「わっ、ど、どうしたんですか、一体!?」
玄関には草履が用意されていて、草履を履くのも急かされて外に出た。
謙信「………舞、どこへ行く?よもや信長と一緒ではあるまいな?」
聞こえてくる声は低く、重い。
違います、と言おうとして息をのんだ。
姫鶴一文字を抜刀し、殺気さえうかがわせる謙信様が立っていた。