第9章 交わされる獣愛*
彼は知らないフリして我慢する、なんて事はしない。
一晩寝たって忘れない。 「上手くやる」なんて事は考えない。
そうするとしたら本当に抗えないお天気相手位のものなんだろう。
その激しさは例え最初の痛みが消えたとしても、きっと私の体に消えない刺青みたいに見えない傷を残すに違いない。
***
永遠に近いようにも思えたその時が終わると嘘のような静寂が私たちを包む。
体が気怠く感じる他には驚く程何も無かった。
彼に囁く為の愛の言葉も残ってない。
それは琥牙も同じ様で、私たちはお互いにそれより深い何かを交わしたみたいに感じていたからだ。
薄く目を開けると私の脇に肘を付いた琥牙がこちらを見下ろしていた。
その瞳はいつかみたいな金色とまでは言わないけれどいつもよりも黄味がかかっている。
私の体調かその余韻のせいかは分からなかったけど、あんな行為のあとにも関わらず額に触れられた指先が酷く冷たく感じた。
「真弥を取られる位なら、おれはきっと相手を殺すと思う」
ある動物は雌を取り合って戦い殺し合う。
それは彼に流れる獣の血。
けれどあと半分の彼。
「わ……たしも、殺す……の?」
出会った頃より丸みを帯びてない頬の線。
もの哀しそうに細められた目線はやっぱり大人の表情で、その危うい美しさに息をのむ。
「……かも知れない」
あと半分の人間の彼は、その時きっと自らもいなくなる事を選ぶのかもしれない。
軽々しく付き合える相手じゃないと、頭では分かっていた。
二つの彼を受け入れる事。
広い窓ガラスから入ってくる明るさにもしかして今晩は満月だったのかもしれないと気付いた。
彼がこうなったのはこのせい?
変わらないものなんてない。
満ちていく月みたいに何かが変化する予感を私は感じていた。
「後悔してる、なんて訊ける余裕はおれにはもう無い」
あの日出会った私たちはお互いの何に惹かれたんだろう?
そして、何のために出会ったのだろう。
その先が苦痛や憎しみとは無縁のものである事を私は願う。
……私ももう、寝てやり過ごす事なんて出来なくなってしまうのかもしれない。
そんな事を考えながらそっと目を伏せる。