第1章 出来損ないの狼
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「して。 真弥どの。 他に琥牙様に変化は見られませんでしたか?」
ベッドの端にお尻を乗せて首を捻る私の目の前には大きな犬、もとい狼が鎮座している。
「うーん。 暗かったですしね。 瞳と歯、だけ。 私の肩が掴まれたかと思ったら琥牙がそれを捻りあげて。 悲鳴がしたからびっくりして目を閉じてたらなんか終わってました。 とにかく一瞬の事でしたよ。 改めて狼ってあんなに動きが速いんだなあって」
その狼が身を乗り出す勢いでその時の状況を聞いてくる。
そんな彼に私は申し訳なく思いつつも、拙い説明を繰り返すばかりだった。
いぶしたみたいな銀灰色に白くふさふさとした毛は特に首周りが立派。
がっしりとしたその体躯はいかにも飼い慣らされていないといった風情の野生味を感じさせる。
捕食者特有の射貫くような瞳。
それは先ほどの琥牙と同じに金色。
けれどもその思慮深い表情には年相応の落ち着きがあった。
今更ながら。
こうやって普通に人と狼が1LDKのマンションの部屋で向かい合って話をしてるのは変な絵面だと思う。
彼の名前は伯斗(はくと)さん。
琥牙の家に代々仕えている者らしい。
「やっぱり琥牙を覚醒させるお手伝いなんて、私なんかじゃダメなんじゃないかな」
そう言う私に伯斗さんがきっぱりと首を振る。
「いいえ。 琥牙様がいくら人間と狼の混血だからとて、獣の血には逆らえぬもの。 現に今日も自分の気に入った雌が傷付けられる様な事態に陥り、琥牙様に流れる狼の血が騒いだに違いありません」
気に入った雌、ねえ。
確かにいつも助けては貰ってる。
「やっと兆しが……信じて待った甲斐がございました」
そう言って感極まる伯斗さんを尻目に。
早々にベッドに入りすうすうと寝息をたてている琥牙をちらりと見やる。