第46章 舞文曲筆
「…ごめん。別れたのに…軽率な行動だった」
「…嫌じゃないんだよ。でも、嫌なの」
「うん、分かってる。ありがとう」
どんなに嫌な気分にさせても、僕を気遣ってくれる。
僕の自分勝手さが目立つばかり。
「…もうあの家には行かない」
「…うん」
「恋人らしいこともしない」
「………ぅん」
「本当に悪かった」
うじゃうじゃに泣き出してしまった千夏は、七海の腕に縋り付く。
「…ゃ」
出したい言葉を必死に塞いで。
僕ではない誰かの隣で泣いている。
それを見て、僕まで泣きそうになる。
「…ずっと待ってるから」
”もうひとつ…。全部解決したら、絶対に千夏を迎えに行く。そしたら…本当の本当に…ずっと一緒にいてほしい”
ひとつの願いは別れて欲しいこと。
もうひとつの願いは僕を待っていて欲しいこと。
よくも、この願いを聞き入れてくれたものだけれど。
今の僕にはその願いを叶える方法がなかった。
「…今日はもう帰るよ。七海…後は……よろしく」
「…はい」
僕がリビングのドアを閉めると、向こうから叫び声に近い泣き声が聞こえてきた。
それに合わせて、僕は駆けて家を後にした。
”結婚?”
”はい”
”…どこの女だ”
”孤児(みなしご)でしたが、呪術師としては優秀で、特級の肩書きを持っていたことがある方です”
”…。八乙女、とかいう奴か”
”ご存知だったんですね。そうです、その人と…”
「くそっ…」
”その女だけは許さん”
”…はぁ?”
”…”
”あ、すみません…”
”……八乙女千夏は…、まだ死んでなかったのか”
”…どういうことですか”
”本当に上も役に立たないな”
”どういうことですか”
”まぁいい。お前があの女の近くにいるのなら話は早い”
”…”
”お前が八乙女千夏を殺せ”
”…まさか、アイツの暗殺って”
”言わねば分からぬか”
”…いえ”
「千夏…」
今すぐあの体を抱きしめたい。
大丈夫だと、笑いかけて欲しい。
助けて、千夏…。