第42章 ばいばい
久しぶりに家に帰ってきた。
悟のいない部屋は広すぎて、持て余してしまう。
つまらないし、何より静かで不気味。
「ふぅ…」
カバンを廊下に投げ捨てて、肌触りのいいふかふかのカーペットに頬を擦り付けた。
「…っ」
暴食するための生クリーム、チョコケーキ、ホットケーキミックス…。
帰りにスーパーに寄ってきたというのに。
こうして泣かないために買ってきたのに。
なんの意味もないじゃないか。
今、初めて。
本当の本当に。
1人であることを自覚した。
遅すぎるだろうか?
『じゃあね、千夏』
このお別れの挨拶は、別れ際にごく普通に利用する言葉だと、何度も何度も自分に言い聞かせてきた。
別に別れ話をしたわけではないから。
でも、打ち合わせであまりにも普通な悟を見て、私の中で何かが崩れ落ちた。
私たちに別れが訪れることなんてないと言っていたではないか。
あれは嘘だったの?
「うっ…ぁ…」
早く帰ってきてよ。
私をひとりにしないでよ。
千春だってそうだよ。
こんな姿を見ても、どこかから見てるだけなの?
それとも、もうどっかに行っちゃったの?
私を置いて?
千春も悟もいなかったら、私は上手く生きられないのに。
どこを目指して歩けばいいの?
プルルル…♪
お腹あたりで携帯が震える。
出る気はなかったけれど、緊急の用事だったら申し訳ないと思い、力を振り絞って電話に出た。
「…はい」
『何その声。泣いてたの?』
「…そんなとこ」
スピーカーモードに変えて、ひょうきんな声が部屋に響いた。
「なんか用?」
『用がないと電話しちゃダメ?』
「…そんなキャラじゃないでしょ」
『ははっ!よく分かってんじゃん。ちゃんと用事があるよ』