第41章 蝶蝶喃喃
「千夏」
冥々さんが外を指さして呼んだ。
私たちが話す内容のほとんどが他言無用の秘密話なので、誰もいないところに行かなくてはならない。
もちろん、話すことは”ビジネス”についてだ。
「は、はい。その前に、足が…」
「足が何か?」
「いや…って、こればかりは無理!ちょっと待って」
「仕方ないな」
冥々さんの説得に成功して、一安心…かと思ったら。
「ぎゃっ!!!」
つんと、足の裏を誰かに触られた。
やめてよ、学長。
そう言おうと思ったけれど、振り返ってそこにいたのは。
「立って後ろに数歩歩くと、痺れが収まるよ」
悟だった。
「こ、こう?」
「そう」
「…あ、なんかいい感じかも」
「でしょ」
悟はくすっと笑って、学長の後に続いて部屋を出ていった。
その背中を追いかけたい気持ちはある。
けれど、あまりにも”普通”な姿に、胸が痛んだ。
これだけの会話で心臓がドキドキして。
少し微笑んだ顔を見ただけで幸せな気持ちになれて。
なのに、どうして悟は────
「足はもういいのかい?」
「冥冥さん…」
「泣くな。子守りは私の役目じゃないからね」
悟の視界から私が消えてしまうのではないかという恐怖。
悟の隣にいれなくなるのではないかという恐怖。
想像の全てが現実になることはないと分かっているけれど。
過度に心配して、潰れそうになる心を何とか保って…。
こんな想いを抱かないといけないのなら、叶わない夢と割り切って、一言二言話すことに全力を注いでいたあの頃に戻りたいと思ってしまう。
手に入れても、手に入れても。
もっと、もっと欲しくなる。
愛は私を満たしてくれるけれど、愛は私の欲望の器に穴を開けるのだ。
塞がることの無い穴を。
だから、愛が注がれないと私は空っぽになる。
空の器は愛でしか満たせない。