第36章 不慣れ
「そういえば、仕事あったんじゃないの?」
「あれ嘘」
「もー。恋人に噓つくなんて…絞め殺したる!」
「うぎゃぁ…なんちって」
いつも通りふざけて、扉についている3つの鍵を全て施錠した。
私は強盗や不審者にやられるほどやわではないけれど、家にいることが少ない恋人の愛を素直に受け止めている。
…と言っても、これでも鍵数は減らした方だ。
悟の首から手を放して、荷物を投げ捨てた。
「うー。こりゃ、大きな嘘がばれたら本当に殺されそうだ」
「嘘をつかなければいいんじゃない?」
「”大好きな悟君を殺すはずがないじゃーん”とは、言ってくれないんだ」
顎に手を置いて少し考える。
「安心しなさい。ちゃんと理由は聞くよ?そのあとに痛めつける」
「…うわぁ、痛そうだな~」
すっごく棒読み。
「…何?隠し事してんの?」
「してないしてない!こーんなに可愛い彼女に隠し事なんて、男として最低だよ~」
うん、いつも通りだ。
様子がおかしいと思ったけれど、気のせいだったよう。
「ちーなーつ」
「あーあ。お腹すいたなー」
「えー?無視する感じ?構ってよー」
「ピザでも頼むか」
「おーい」
今この瞬間にも、世界中で無意味な死が発生している。
けれど、赤の他人はそのことを認識することはできない。
例え、自分の周りで理不尽な死があったとしても、私たちは変わらずお腹がすくし、眠くなる。
亡くなった人…虎杖悠仁は、もうどこにもいないのに。
私たちは生前と同じように過ごす。
過ごすほか、できないのだ。
「…バカみたい」
「何が?」
「んーん。てかさ、このピザのチーズの量、頭おかしくない?」
「それが美味しいんだよ」
悟と七海ちゃんが機会をくれたからか。
悠仁には申し訳ないけれど、私は昔ほど落ち込んでいない。
対象が不確定な怒りも冷めた。
その代わり、虚無感が大部分を占めていた。
”死”に慣れてしまったのだろうか。
「千夏から甘えてくるなんて、珍しいじゃん」
「…」
「…どうした?」
「んーん…」
答えは聞きたくない。
知りたくもない。