第29章 不穏状態
いい加減にしろ、私のことが信用できないのか。
私がそう言い放つと、悟は物言いたそうにしょげた。
『だって、千夏…警戒心0っていうか、常識がないじゃん!』
自分以外を男として認識してないせいで、女としての自覚に欠ける、と。
普通に男の前で着替えようとするし、風呂上りに下着一枚でうろつくし。
所かまわず、腹を出して寝るし、寝ぼけて相手かまわず抱き着くし。
後半に関しては、傑相手に実際に起きた事件であったため、否定のしようがなかった。
見事に形勢逆転。
けれど、それを言うなら私も言わせてもらう。
最強の呪術師だからと言って、ちやほやされて。
寄ってきた女子にデレデレして。
私だって色々と我慢している。
お風呂上りは涼しい恰好をしたいけど、最近は部屋着を着るようにしてるし。
なんなら、男性の前で着替えようとしたのは10代の頃の話で、今はそんなことはしない。
所かまわず寝るのと、寝ぼけて人に抱き着く癖は抜けてないけれど、ある程度改善された。
それからは口論、口論。
溜まった鬱憤が流れ出し、止まらない。
家事のことだとか、ゴミ出しのことだとか。
同棲中のカップルなら、一度は喧嘩したことがあるような内容。
『あ~そ~ですか!ほんと、めんどーな女」
『ちょっと頑張ればいいじゃん!何でできないの?』
『千夏だってそうじゃん。映画観る前にやることあんだろ』
こんなに大きな喧嘩は初めて。
既に火種であった嫉妬ははるか彼方に置き捨てられ、価値観の相違からなる部分で喧嘩していた。
そもそも、私達は金銭感覚から始まりあらゆる場面で意見が合わない。
お互い感情をぶつけあった結果、今までで一番不仲に。
そして、仲直りしないまま、恵と任務に出かけることになった。
スーツケースを持って家を出たときは、とても後悔した。
閉まるドアの向こうで目が合ってもスッと逸らされて、泣きそうになった。
「まだ喧嘩してんすか」
「だって…、謝るタイミング、難しいんだもん」
「…はぁ。早く仲直りしてくださいよ。色々と面倒なので」
通路側に座っていた恵が弁当を買ってくれて、美味しそうな鮭を頬張った。
彼なりの気遣いだろうか。
これを食べ終わったら、悟に連絡しよう。
このままでは任務に集中できなくなりそうだった。