第3章 共通認識
先に声を上げたのは五条だった。
「そろそろ帰らないと怒られるかな」
「ん、確かに」
いつもの調子だった。
だから、私もいつものように返した。
少し湿ったお尻に手を伸ばして、汚れを払う。
そして、来た道に沿って歩き始めた。
「あのさ」
「何」
「なんでその髪色にしたの?」
「可愛いっしょ。くすみピンクっていうの?分からんけど、気に入ってる」
「へー。てか、腹減らない?」
「あんだけクレープ食べといて?」
「しょっぺーやつ食べたくなった」
「あー。分かるわ」
五条、五条、五条。
頭の中で考えているのはさっきのことばかり。
どうして五条はあんなことを言った?
どうして、どうして…。
「1個聞いていい?」
「いーよ」
前を見たまま、いつものように返事をした。
どうせ、くだらない質問なんだろうな、とか考えながら。
「なんで『悟』って呼ばないんだよ」
急に口調が荒くなって、ドキッとした。
驚いて顔を見上げたが、表情は変わっていなかった。
つまらなそうな、疲れたような顔だった。
「1個聞いていい?」
「どうぞ」
そっちがそういう質問をするなら、私も聞かせてもらおう。
「何年も前。五条の言葉を無視して追いかけてたら、私たちの関係変わってた?」
初めて五条と別れたあの日。
子供ながらに何かを察していたあの頃。
五条の気持ちを無視して突き進んでいたら、今、この瞬間、私は五条と心から笑えていた?
「知らね」
五条がそう言うなら、私が言うことは決まっている。
「そしたら、私も知らない。何となくだよ」
私は五条に守られている。
あの時も、今も。
そしてきっと、この先も。
それが嫌だから、五条を五条と呼ぶ。
私は五条の荷物になりたくない。
それがどんなに難しいことだとしても。