第19章 10年の後悔と1時間の奇跡
「ここでいいですか」
「うん。ありがとう」
八乙女さんは、先ほどと同じ怪しげな変装をして、車を降りた。
刀が入っているというバックと、パンが入っている紙袋を持って。
「これ、電話番号」
「ありがとうございます」
「誰にも言うなよ」
「はい」
見せられた番号をしっかり登録する。
登録名は適当に『あああ』としておいた。
「じゃあね」
マスクをあげて、手を振る八乙女さん。
「千夏さん」
「あっ。また下の名前で呼んでくれた~。うれしっ!」
頭を撫でられ、少しイラっとする。
けれど、予定していた言葉をしっかりという。
「ありがとうございます」
あの時、突き放しても寄り添ってくれて。
最後に手紙をくれて。
生きててくれて。
再び会いに来てくれて。
自分に新しい価値観を教えてくれて。
変わらず、八乙女千夏としていてくれて。
五条さんの力になってくれて。
「何に対してのお礼?」
「カスクートを分けてくれて、に続く感謝です」
「お金払ってんだから、感謝しなくていいのに」
「完売前に買っていたから、食べられるんです」
「買い占めたのも私」
「…そうでしたね」
八乙女さんは首を傾げた。
「七海ちゃん、変」
「あなたよりはマシです」
「嫌い!」
「そうですか」
ウィンドウを閉めて、エンジンを入れる。
少し緑かかった窓の向こうに、頬を膨らませた不審者が何か文句を言っている。
気にせず、車を動かした。
「はい、七海です。すみません、私情により任務を放棄してしまいました…………機嫌?まあ、良い方です。そんなにいつもと違いますか……今のは聞かなかったことにします」