第18章 カゲロウ
「そんなに不安?」
「ええ、まあ」
「みんないい子だから大丈夫!」
憂太にとっては久しぶりの外の空気だろうに。
何の反応がないことに、何とも言えない気持ちになる。
「こ、この階段上るんですか?」
何段あるか分からないほど長い階段を前に、乙骨がはじめて表情を変えた。
本当はここから瞬間移動をしようと思ったが、憂太の顔が面白かったので、少しだけ階段を上ることにした。
「す、すみません。ちょっと休憩を…」
「貧弱だねー」
憂太の力はすさまじいが、当分の間はトレーニングだけになりそうだ。
「飲み物買ってくるよ。ちょっと待ってて」
自販機の場所まで飛び、料金を考えずに適当にボタンを押す。
希望を取るのを忘れたが、無難にお茶でいいだろう。
「おまたー…」
元の場所に戻ったはずだが、憂太はどこにもいない。
俺が離れたのはわずかな時間だというのに。
しかし、ここは高専内。
危険はないだろうが、一応僕は保護監督。
憂太の気配が強くて助かった、というところだろうか。
「憂太にささわるなぁ…!」
急いで飛んでみると、カオスな現場だった。
「りかちゃん、やめて!」
「がぎぎゃ…!」
誰かに押し倒されている憂太と、興奮しているリカ。
そして、灰色の背中を見せる謎の人物。
「憂太から、はな…れろ…!」
「ふーん…、賢い怨霊じゃないか。名前は?」
リカと対等に話す女。
この声を俺は知っていた。
「あ、五条先生…!」
憂太の必死な乞いを無視する代わりに、心からの笑みを浮かべた。
「ちょ、笑ってないで…!」
「大丈夫、大丈夫」
フードを被っている女の背中に一歩ずつ近づいた。
こいつは危険なんて無縁の安全すぎる女だ。
「僕の教え子に手を出すのはやめてくれない?ゴン太さん」
きゃは、と。
聞き覚えのある笑い声が漏れた。
「どの顔が教鞭とってるって?」
「見てみたら?」
女は汚れを払いながら立ち上がり、俺の前に立ちふさがった。
髪色は違えど、ぱっちりした目と赤い唇に、触りたくなる頬。
泣き虫なところも。
何も変わっていなかった。
「おかえり」
「ただいま」