第17章 バースデーカード
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たった今、日本時間で8月15日を迎えた。
20数回目の夏だった。
『ハッピーバースデー!』
本命として使っている携帯から、目障りな声が聞こえてくる。
『ねーねー!寂しいって。答えてよー』
髪についた雫をタオルで拭き取りながら、窓の外を眺めた。
一流ホテルに泊まるのは貧乏性がゆえに少し苦手だが、この光景は気に入っている。
『あ、そういえばね。今日、知らない番号から電話がかかってきてさー、そいつがQの本名言ってたよー』
Qというのは、仮名として使っている名前だった。
電話では私の名前を言うなと、予め言ってある。
どこで誰が盗聴しているか分かったものじゃない。
「電話番号は?」
『えっとね…。あ、これこれ!』
かつて私が好きだったアニメの声優の声をしている彼女が読み上げた番号を耳に入れた。
思わず息が漏れた。
ブラのホックを留めながら、息を整える。
「なんて言ってた?」
『番号聞いただけで誰だか分かんのー?天才?』
そうか。
やっぱり、私の死は信じていなかったか。
感情が顔に出るのを抑えた。
誰に見られるわけでもないのに。
「いいから、早く答えな」
『ぶー、怒りんぼめ。約束通り、有無を言わせず切りました!着拒にもしたよ』
「賢明な判断だな」
下着だけを身に着け、一人掛けソファーに座った。
先ほどルームサービスで頼んだお酒を、グラスに注ぎ上品に口づける。
彼に会うにはもう少しだけ時間が欲しい。
まだやることが残っている。
会うなら完璧な状態で。
それが私の定めた条件だった。
彼自身も避けられている理由は分かっているだろう。
『次はいつ帰ってくるの?そろそろ一人でいるの疲れたー』
「来週には帰るよ」
『マジ!?』
「あのおばさんを相手にするのは、そろそろ疲れたから」
九十九由基に見つかったのは想定外だった。
彼女のせいで帰国が遅れたのは、地味に痛い。
その間、仕事が行えなかったから。
「帰ったら、まずは九州ね」
『ほーい。ハッピーバースデー!』
「ありがとう」
電話を切って、伸びをした。
「さあて。もうすぐですよー」
あと少しで巡回が終わる。
飴の供給がやってくるのは、そう先の話ではない。