第4章 この道、桜吹雪につき。注意。
●黒子 テツヤ● 〜校庭〜
敷地内は相変わらず勧誘で盛り上がっているけれど、先輩方はボクには気づかない。
さっきとなにも変わらないし、そもそも慣れっこだから関係ない。
ただ一つ、変わったことといえば…
人の波を掻き分けて進んでも、もう目の前にあの背中はない。
他の新入生と同じように、先輩に捕まってしまったから。
だけど大丈夫。
この先、ボクが話したいと思いさえすれば。
きっと、何度だってその機会はあるはずだから。
そう気づいてしまった途端。
自分がとった行動が分からなくなった。
ボクはなぜ、これほどまでにあの子が気になる?
顔もしっかり見た。
見た上で「会ったことがない人」と知ったんだ。
それが分かっただけでも十分だと言うのに、何故それで終わりにできない?
街中で知り合いに似た人を見かけた時となにも変わらない。
見間違いだと知った瞬間、踵を返して先へ進むのが普通だ。
数分後には、そんなことがあったことすら忘れられるのに。
忘れたくないと思うのは、なぜだ?
名前も知らない。
会ったこともない。
なのに、どうしようもないほど気になってしまう。
気になるその理由さえ、分からないのに。
また会う機会を得られて、ホッとしている。
だけど…
「もう少し、あの子を見ていたい。」
あの時、なぜそう思ったのか。
それだけは分かる。
それは顔や名前や年齢が知りたかったからではなく、もっと別のことだ。
結果的に知ってしまうことになるのだが、ボクがまだ女の子の顔も年齢も知らない時。
誠凛高校の校門前で、一歩を踏み出そうとしたボクの後ろ髪を引いた風と香り。
匂いにつられて立ち止まっていると、そこに突如現れた女の子。
特別でもなんでもない。
季節は春で、入学の時期だ。
学校に人が集まるのは当然のことで、共学の誠凛高校に女の子がいるのは変ではない。
抱えたお菓子は市販のもので、誰が持っててもおかしくない。
誰もが作り得る、なんてことのないシーンだった。
たまたま桜が散って。
たまたま風が吹いて。
たまたまそこにボクとあの子がいた。
たまたま、同じ学校の制服を纏って。
なんてことないことの全てが重なったその時を。
ボクの目を介して瞬間をくり抜いたとき。
あの子の中に何かが見えた。