第11章 バスケットボールと花時雨
●天 side● 〜1-B教室〜
その日天は、“1回目”を何度も繰り返した。
全教科が、高校に進学して最初の授業だったから。
天はその回数を重ねるごとに、自分の身体に疲労が増していくのを感じていた。
そして、最後の授業が終了するのと同時に、天は大きく伸びをした。
長時間座り、歪んでしまった骨の一つ一つが、正しい位置に戻っていくのが感じられた。
家に帰れば、また1日が無事に終わる。
朝起きて、家を出て、授業を受けて、昼食を食べて、また授業を受けて、帰宅して、夕食を食べて、眠りにつく。
その繰り返し。
天の東京での生活は、それほどまでにシンプルで。
単純が故に、天は気が楽だった。
その証拠に、授業を終えた天の表情は穏やかだった。
帰宅の準備が済んだら、早々に帰るつもりでいたからだ。
しかし、天はすぐに幻滅することになる。
始まりは、「匂い」だった。
・・
それを彷彿とさせる匂い…
呼吸に乗せて匂いが鼻腔をかすめると、それはたちまち情報へと変わり、神経を走って天の脳内まで辿り着く。
「この匂いを思い出せ」と。
それに気づいた天は、少しハッとして視線を動かした。
窓の外へと。
同時に、嫌な予感が頭を過る。
窓の外は、想像以上に暗かった。
日の入りはまだ先のはずなのに、遠くに見えるビルや商業施設から漏れる光がしっかりと確認できる。
どうやら空が、雲で覆われているらしい。
そして見事、予感は当たることになった。
天はその事実を前にして、受け入れがたいと言うように「嘘だろ…」と零す。
しかし、本人の期待とは裏腹に、空を覆う雲は太陽の光を完全に遮断している。
そして…
徐々に、ポツリポツリと。
小さな水の粒を、夕方の東京へと落とし始めた。
天が感じ取ったのは、「雨の匂い」だった。