第6章 偶然目があっただけ
●no side● 〜1年B組〜
大きくて、屈強で。
こちらのことなど、気にも留めていないと言わんばかりの態度。
人の話を最後まで聞かないことに、失礼だと思いつつも。
それを指摘できるほど、自分は強くないということも、天は理解していた。
天は再び、疲労感で包まれた。
先ほど味わった、ハイチュウの効果も完全に無くなった。
だから今はただ、深呼吸を通してのみ。
鼻腔に香る苺の残り香を、名残惜しく味わう。
天はそのまま、自身の腕の中には戻らずに。
窓の外を見るよう、首を捻ってその先の世界を見た。
その先には、人も車も校舎もなく。
ただ、青い春の空が広がっていた。
開けた視界に空だけが映しだされた時、天は気づいたんだ。
自分の視線の先…
窓側の席の生徒が、まだ来ていないということを。
廊下側の男子生徒に対する挨拶は失敗に終わり。
斜め前の男子生徒に関しては、挨拶とは言えない最悪な出会いになってしまった。
教室の自席から少し変な体勢で空を見上げて、今朝を振り返ってみた時。
その窓際の同輩へ挨拶する際に、生かすべき改善点が多すぎることに気づいた。
だからこそ、次こそは成功させなければならないだろう。
それでも、友だちゼロを更新中の天にも。
窓ガラスを通して差し込む春の光は、暖かく降り注いだ。
だから天は待っているんだ。
目の前に広がる、この空だけのキャンバスに。
まだ見ぬ誰かの、影が映りこむ時を。
己の人生(日常)に、割り込んでくる事を。
「その人は一体、どんな人なんだろう」と。
期待を膨らませながら。
しかし、今はほんのちょっとだけ。
太陽の温かさの方が、天の意思に勝ってしまった。
天は軽い疲労を感じる身体と、そのポカポカとした陽気につられるがまま。
眠りについてしまったのだ。
危機感もなくスゥ…スゥ…と。
寝息を零しながら。
その時…
己に近づいてくる、新たな足音に気付きもせずに。