第20章 響箭の軍配 参
凪の問いかけに頷いた光忠は、当然彼女の護衛としてこの陣に残る。【目】を使っている最中、無防備な状態になる凪を傍で守り、人目につかないよう配慮するのが己の役目だと察していた光忠が言い切った。
「凪の【目】で部隊を見張るのはいいとして、合図はどうするつもり?」
「確か、鏑矢(かぶらや)がありましたよね?」
凪が【目】を使って部隊を見張っていれば、確かに斥候に人数を割かずとも良いし、報告に早馬を走らせる必要もない。譲る気がないような彼女の様子へ、半ば諦めたように吐息を漏らした家康が、残りの問題となる合図について言及した。それの答えを示すかの如く、凪が確認するよう光秀へ問いかける。
鏑矢とは、鳴り矢とも言い換えられる種類の矢だ。矢の先に鏑(かぶら)と呼ばれる、長円形の空洞のそれへ幾つかの穴を開けたものを取り付け、射る事で空気圧により、甲高い音を鳴らすというものである。響箭(きょうせん)、あるいは鳴箭(めいせん)などとも呼ばれ、主に合図や相手を射竦める為に用いられていた。
凪は補給天幕の中で、偶然それを目にしていた。戦で万が一の折に合図用として使う為、元々用意されていたのだろう。見掛けた時はこれといって何も思わなかったが、今ならばその明確な用途も理解出来るというものだ。
「鏑矢は戦場に必ず持ち込んでいる。確かにあれならば三部隊全てへ合図を出す事も可能だろう」
「…お前、矢など射れるのか」
「多分、結構な腕なんじゃないですか。手のまめの位置や手のひらの皮が一部厚くなってるのを見れば分かるだろ」
「え、家康いつから知ってたの?」
「……別に、いつだっていいでしょ」
光秀の言葉を耳にしつつ、光忠が些か驚いた様子で凪を見る。微かに瞬かれた菫色の眼は、およそ信じがたいと言わんばかりのものだったが、そこへ割って入った家康が呆れ調子で淡々と告げた。摂津の帰還時、光秀に指摘された事と同じような内容を口にしていた家康へ驚いたように問いかければ、我に返った家康はふいと顔ごと視線を逸らし、ぼそりと呟く。