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フェアリーテイル 【短編集】

第17章 逆を向く水平線


 私が想いを寄せる彼は、変なところで肝が据わっている。冷静沈着ってわけではないけど、いつも真っ直ぐな目で迷うことなく自分の道を行く人だ。

 私は、彼が依頼で潰しに来た闇ギルドで利用されていた。幼い頃から闇の道で生きる術を教わってきた。そんな私は命というものに執着が無かった。今日を命の限りに生きている彼は、私の羨望の対象であり、彼の持つ光に強く惹かれた。

 海を滑る船体の手すりに腰かけて一緒に仕事に来たルーシィとグレイ、そして苦しそうに甲板に横たわるナツを見る。生命のエネルギーに溢れる彼らと共に居る私が、場違いに思えたのはこれが最初ではない。

 首を後ろに回すと眼下にはキラキラと光る水面が見える。海は生命の始まりである、という話をどこかで聞いたことがある。

――海の中に入ったなら、生命というものががわかるかしら。

 何て、馬鹿なことを考えている自分がどうしようもなく可笑しくて、そっと頭を振ってくだらない考えを追い払う。

 その時、甲板で作業をしていた船員の一人がバケツに躓いて握っていたロープがその手から離れるのを見た。
 次の瞬間、どこからともなく向かってきたロープに括り付けられたフックを避けるためにぐっと体を逸らした。

「あ…。」

 手摺を掴もうと伸ばした手は空気を掴んで、遠くの水平線は逆さまに見えた。

 次いで感じたのは全身を包む水の冷たさと、耳を両手で塞がれたような静寂。ぼやける視界の中で目にしたのは海面下から見る天の青と海の蒼が混じった色と、それに対照的な桜色。

 私を追って海に飛び込んだのだろうナツの両腕は水中でがっちりと私の腰を支えて、私たちの体は近くなる。私たちを取り囲む気泡が綺麗だなと酷く場違いなことを考えた。


 ざばりと浮上して頭を出した私たちの上でルーシィとグレイが何やら騒いでいる。そんな二人に大丈夫、と声をかけてナツもありがと、と礼を言う。でもナツは不思議と黙り込んだままだった。

「どうしたの?」
「…リアが死んじまうんじゃねぇかって思った。」
「フフ、ちょっと海に落ちたくらいじゃ死なないよ。」
「死んだらなんて、下らねぇこと考えんなよ。」

 私の頭をぐっと心臓部に押し当てて、いつになく真剣な声音で彼は言った。

「…うん。」

 直に感じた彼の拍動に、これが生命なのかと思った。








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